研究内容
◆ | 原子スケール計測とナノ加工技術 |
| 走査プローブ顕微鏡(SPM)は、試料表面の精密な三次元形状が計測できる装置です。図1は、SPMの一種の超高真空走査トンネル顕微鏡(STM)を使って観察したシリコン(Si)表面の画像です。明るい粒子状に見える1つ1つがSi原子で、清浄なSi(111)の表面に現れる特徴的なパターン配列が観察できます。右上から左下に帯状の構造が見えますが、これは原子スケールの段差(ステップ)で、左側が高く右側が低くなっています。これは、超高真空という特殊環境で観察できる構造ですが、研究室には大気中や溶液中でナノ構造が計測できる原子間力顕微鏡(AFM)もあり、デバイスや生体試料を観察しています。
また、走査型電子顕微鏡(SEM)は、電子線を集束させて試料表面の任意の位置に照射できるので、この技術を利用してナノスケールの加工を行っています。図2は硫化銀(Ag2S)結晶の表面に電子線を照射することで、内部から銀を引き出して直径約50 nmの銀粒子を配列させて文字を書いた結果です。1文字は約500 nm×1 μmの極狭い領域に書かれていることから、任意の位置に制御性良く形成可能なことが確認できます。これらはナノスケールの構造やパターンを形成する技術ですので、将来のデバイス作製と評価に応用できると考えています。
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| 図1 Si(111)表面のSTM像
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図2 ナノメートル銀粒子文字「GUNMA UNIV.」
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◆ | ナノ加工技術を用いた高感度バイオセンサの創製 |
| 微量物質の検出技術は様々な分野で必要とされています。特に医療やバイオ分野では、化学物質や生体分子を簡便かつ高感度に検出する技術が求められています。しかし、既存技術では簡易装置は感度が低く、高感度装置は時間とコストがかかることが課題です。
当研究室では、ナノメートルスケールの計測加工技術を基にして、マイクロカンチレバやSiナノワイヤを用いたバイオセンサを研究開発しています。カンチレバ型センサは、表面に生体分子などが付着すると共振周波数が減少するので、周波数変化から付着物質の質量が測定できます。図3は保坂純男名誉教授、医学系研究科和泉孝志特任教授、(株)東京測器研究所と共同開発したバイオセンサの試作装置です。これを用いて、図4のようにアレルギー関連物質の抗原と抗体を測定した結果、約200 fg/Hz(fg:フェムトグラム,10-15 g)という既存の水晶振動子センサより100倍以上の高感度で抗原抗体を検出することができました。
一方、Siナノワイヤセンサは、図5のようにトランジスタのチャネル部を細線化した構造で、その内部を流れる電流変化から、ナノワイヤ表面に付着した抗体やDNAなどの生体分子を検出するセンサです。我々は、電子線描画装置と高密度プラズマエッチング装置を用いた電子線リソグラフィによって図6のように幅約16.2 nm、長さ約20 μmのSiナノワイヤを作製し、6 aM(10-18 mol/L)の超低濃度の免疫グロブリンG(IgG)の検出に成功しました(図7)。
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| 図3 カンチレバ型バイオセンサ試作装置外観
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図4 カンチレバ型バイオセンサを用いた抗原抗体付着測定結果
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| 図5 シリコン(Si)ナノワイヤ(NW)型バイオセンサ模式図
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図6 電子線リソグラフィで作製したSiNWと試作したバイオセンサ外観
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図7 SiNWバイオセンサによる超低濃度IgGの検出結果
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| 【関連論文】NEW
H. Zhang, Y. Qiu, F. Osawa, M. Itabashi, N. Ohshima, T. Kajisa, T. Sakata, T. Izumi and H. Sone, “Estimation of the Depletion Layer Thickness in Silicon Nanowire-Based Biosensors from Attomolar-Level Biomolecular Detection”, ACS Appl. Mater. Interfaces, Vol. 15, pp. 19892-19903 (2023). |
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H. Zhang, N. Kikuchi, N. Ohshima, T. Kajisa, T. Sakata, T. Izumi and H. Sone, “Design and Fabrication of Silicon Nanowire-Based Biosensor with Integration of Critical Factors: Toward Ultrasensitive Specific Detection of Biomolecules”, ACS Appl. Mater. Interfaces, Vol. 12, pp. 51808-51819 (2020). |
◆ | 体外受精卵のクオリティ選別を目指したマルチ卵重計の創製 |
| 日本では少子化の進行と高齢出産の増加が問題となっています。そのため不妊治療が増加していますが、体外受精卵の選別は主に形態評価によるため、成功率が低いことが課題です。そこで、受精卵の定量的評価を目指して、東京大学工学研究科の坂田利弥准教授と共同で、カンチレバセンサを用いた受精卵の質量測定と放出されるイオン濃度の同時測定ができるマルチ卵重計の研究を行っています。カンチレバは平坦な板バネなので、集束イオンビーム(FIB)装置で穴加工やカーボン堆積による板を形成して、受精卵を搭載保持できるホルダ型カンチレバを作製しました。図8は、培養液中でマウス受精卵を搭載した画像です。図9は受精卵搭載前後のカンチレバの共振周波数変化の測定結果で、質量を計算すると4.4 ngが得られました。しかし、この値は受精卵の固定が不十分なため、全質量が測定できていないと考えています。このことは、図10のように有限要素解析(FEM)によるシミュレーションを行って、固定の有無による共振周波数変化の違いを確認しています。現在、受精卵の固定法、カンチレバ変位測定システムなどの研究を進めています。
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| 図8 マウス受精卵を搭載したホルダ型カンチレバセンサの光学顕微鏡像
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図9 マウス受精卵搭載前後のカンチレバ周波数特性(培養液中)
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図10 マウス受精卵搭載ホルダ型カンチレバのFEMシミュレーション結果(培養液中)
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